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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)494号 判決 1967年4月12日

控訴人

訴訟代理人

中込陞尚

小林勝男

被控訴人

訴訟代理人

水本民雄

ほか二名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、六〇万円およびこれに対する昭和三八年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うべし。控訴人のその余の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その各一を控訴人および被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、二〇〇万円およびこれに対する昭和三八年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。≪以下省略≫

理由

一慰藉料請求権の成否について。

(一)  <証拠>をあわせ考えると、次の事実を認めることができる。

控訴人は、昭和一五年一〇月一五日、父A1、母A2の三女として出生し、城右高等学校卒業後、昭和三五年三月一日から、埼玉県所沢市にある在日米軍兵站司令部経理課に、事務員として勤務することとなつて、右経理課の上司で、米国籍を有する被控訴人と知り合つた。控訴人は、間もなく、通勤のため、被控訴人から自動車による送り迎えを受けるようになりまた、被控訴人に映画館、ナイトクラブ等に連れていつてもらうほどの仲となつた。その当時、被控訴人はbを妻とし、同女との間に三人のこどもまであつたが以前からbとの間がうまくいかず、bと同居はしているものの寝室を共にしないという状態であつたところ、前記のように控訴人と交際しているうち、性的享楽の対象を控訴人に求めるようになつた。そして、被控訴人は、昭和三五年五月頃、控訴人に対し、前記家庭の状態を告げるとともに、控訴人が一九才余で、思慮不十分であるのにつけこんで、真実は、bと近い将来において離婚できる事情にはなく(この点は、証拠説明とともに、後記(二)(ハ)において詳述する。)、また、控訴人と結婚する意思がないのに、控訴人に対し、「妻と別れて控訴人と結婚する。」と述べ、控訴人をして、被控訴人とbとの間柄が被控訴人のいうようなものであれば、被控訴人はいずれはbと離婚してくれるであろうと誤信させ、昭和三五年五月二一日頃、東京都港区麻布のホテルにおいて、控訴人に情交を求め、これを承諾させて、享楽の目的を遂げ、その後昭和三六年九月頃までの間、一〇数回にわたり、そのつど控訴人と結婚すると述べて控訴人を欺き、控訴人と情交関係を結んだ(控訴人と被控訴人とが、昭和三六年九月頃までの間、一〇数回にわたり情交関係を結んだ(最初の日がいつであるかを除く。)ことおよび当時被控訴人と妻bとの間に三人のこどもがあつたことは、当事者間に争いのない事実である。)。ところが、被控訴人は、昭和三六年七月頃、控訴人から妊娠したことを知らされるや、同年九月頃から、控訴人と会うことを避けるようになり、控訴人が昭和三七年一月一日男子順を分娩した際、その費用の相当部分を支払つたほか、まつたく控訴人との関係を絶つにいたつた。

このように認められる。真正にできたことについて争いのない乙第一号証の一ないし八(控訴人作成のメモ)中「貴方(被控訴人を指す。)の本心はどうか解りませんが」との記載部分は、それ自体では意味が明瞭でなく、仮りにそれが自分と結婚してくれるという被控訴人のことばに対する控訴人の疑いの表現であるとしても、結婚前の交際関係(すくなくとも控訴人は被控訴人との関係をそのように考えていた。)にある女性に一時的に起りがちな心理を表明した以上のものではないと認められるから、右記載部分は前記認定の妨げにはならない。前記認定に反する原審における控訴人本人の供述部分、原審および当審における被控訴人本人の供述部分は、前記認定に照応する原審および当審における控訴人本人の供述に照らして信用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右(一)の認定に関連する被控訴人の主張を検討する。

(イ)  被控訴人は、控訴人は被控訴人と妻bとの婚姻生活を正常なものと考えていた、と主張するが、控訴人が、被控訴人から、妻bとの間がうまくいかず、bと同居しながら寝室を共にしていないと告げられたこと前認定のとおりであるから、控訴人が被控訴人とbとの婚姻生活を正常なものと考えていたと認めることはできない。(ロ)被控訴人は、被控訴人と控訴人との間柄は、恋愛(結婚を予定しない)あるいは単なる遊びの間柄にすぎなかつたから、控訴人が、「控訴人と結婚する。」という被控訴人のことばをそのまま信用したことはない、と主張する。しかし、被控訴人と控訴人との間柄を恋愛(結婚を予定しない)あるいは単なる遊びの間柄にすぎないというのは、はなはだ一方的な見方である。被控訴人が控訴人を性的享楽の対象としてしか考えていなかつたとしても、控訴人は、被控訴人のことばを真に受けて被控訴人に結婚の意思があるものと信じ、結婚を前提として被控訴人と情交関係を結んだものであることは、前認定事実により明らかである。前記定を覆えして被控訴人の右主張を肯認するに足りる証拠はない(控訴人も、被控訴人との間柄を被控訴人の主張するようなものと考えていたとする当審における被控訴人本人の供述は、原審および当審における控訴人本人の供述に照らしてそのまま信用することができない。)。(ハ)被控訴人は、被控訴人が控訴人と情交関係を結んだ当時、被控訴人は妻bと離婚できる状況にはなかつたから、控訴人が「妻と別れて控訴人と結婚する。」という被控訴人のことばを信じ切つたものと認めるのは相当でない、と主張する。控訴人が被控訴人と情交関係を結んだ昭和三五年五月から昭和三六年九月頃にいたる時期に、被控訴人とbとが不和であつたことは前認定のとおりであるが、<証拠>をあわせ考えると、当時、被控訴人の側から積極的に、bを相手として訴を提起し、離婚判決を得るに必要な離婚事由(民法第七七〇条第一項第一号ないし第五号)は存在しなかつたことが認められる。また、bが昭和三八年にいたり被控訴人の不貞行為を理由に離婚の訴を提記し、離婚判決を得たことは後記二、(ニ)のとおりであるが、<証拠>をあわせ考えると、昭和三五年五月から昭和三六年九月頃にいたる時期には、まだbには離婚の意思がなかつたことが窺われる(控訴人は、当審において、bが当時離婚の意思をもつており、控訴人にその旨を告げた、と供述するが、前掲各証拠に照らすと、右供述はそのまま信用することができず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。)。そうであるとすると、右認定の時期において、被控訴人が近い将来にbと離婚できる状況にはなかつたとみるべきである。しかし、<証拠>によると控訴人自身は、被控訴人から右の状況を告げられたことはなく、かえつて、いずれ遠くない時期に被控訴人がbと離婚できるであろうといわれ、右の状況には気付かないでいたことが窺われるのである(控訴人は、当審において、被控訴人から、bとの離婚について、「どうしても出来ない。」といわれたことはなく、ただ、「今は出来ない。」といわれた、と供述する。右後段の供述部分は、右前段の供述部分と対比すると、今直ちに離婚はできないといわれたとの趣旨に理解するのが自然であるから、右後段の供述部分は前記認定を左右する証拠とすることはできない。他に前記認定を左右する証拠は見出せない。)。したがつて、被控訴人が近い将来にbと離婚できる状況になかつたからといつて、そのことは、控訴人が、被控訴人がいずれはbと離婚して自分と結婚してくれるであろうと誤信したと認定することの妨げとはならないとすべきである。(ニ)被控訴人は、被控訴人が控訴人の思慮不十分を奇貨として結婚に名を藉りて控訴人を弄んだ事実はないと主張するが、前認定を覆えして被控訴人の右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。

(三)  前記(一)の認定事実によると、被控訴人は控訴人と結婚する意思がないのに右意思があるように装つて控訴人を欺き、控訴人の誤信に乗じて情交関係を結ばせ、控訴人の意思決定の自由、貞操、名誉を侵害したものとすべきであり、また前記(一)の事実関係によると控訴人が被控訴人の右加害行為により精神的苦痛を被つたものと認めるのが相当である。そして、法例第一一条によると、不法行為によつて生ずる債権の成立および効力は、その原因たる事実の発生した地の法律によるべきものであり、本件について日本民法が法例第一一条の指定する準拠法となることは前記(一)の事実関係から明らかであるところ、被控訴人の行為は日本民法第七〇九条、第七一〇条所定の不法行為の構成要件を充足するから、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が被つた精神的損害の賠償として相当額の慰藉料を支払うべき義務があるものといわなければならない。

二慰藉料請求の許否について

被控訴人は、「控訴人は、被控訴人に妻があることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだものであるから、控訴人の行為は公序良俗に反するものであり、控訴人がこれにより精神的損害を被つたとしても、民法第七〇八条本文の規定の類推適用により、右損害の賠償として慰藉料を請求することは許されない。」と主張し、これに対し、控訴人は、「被控訴人と妻bとは、当時、事実上の離婚状態にあつたものであるから、控訴人の行為は公序良俗に反しない。したがつて、控訴人の慰藉料請求に対して民法第七〇八条の類推適用はない。仮りに右主張が理由がないとしても、被控訴人が控訴人と情交関係を結んだ動機ないし目的、行為の内容の諸点からみると、被控訴人の行為には許し難い不法性があり、一方、控訴人は、被控訴人から欺かれて被控訴人と情交関係に入つたものであり、不法はもつぱら被控訴人の側にあるから、民法第七〇八条但書の規定により同条本文の規定の類推適用は排除される。」と主張するので、以下この点について判断する。

(一)  おもうに、女性が男性に妻のあることを知りながら、男性と、長期間にわたり継続的に、情交関係を結ぶ行為は、一般的にいえば、男性の、妻に対する貞操義務違反に加担する違法な行為であるのみならず、男性と共同して、夫婦共同生活を支配する貞潔の倫理にもとる行為に出たことにもなつて、民法第九〇条にいう公序良俗に反するものとの非難を免れず、女性がこれにより貞操等を侵害され、精神的苦痛を被ることがあつても、その損害の賠償を請求することは、結局自己に存する不法の原因により損害の賠償を請求するものであり、このような請求に対しては、民法第七〇八条本文の規定の類推適用により、法的保護を拒むべきである。この限りにおいて、被控訴人の主張は正当なものを含むものといわざるをえない。しかしながら、夫婦が離婚の合意をして、別居し、または、夫婦間にこれに類似する事情が生じ、夫婦共同生活の実体がまつたく存在しなくなり、婚姻解消の法律的手続を履むことだけが残されているという状態、すなわち事実上の離婚状態が生じている場合には、夫と性的関係をもつた妻以外の女性が、これにより貞操等を侵害され、精神的苦痛を被つたとして、その損害の賠償を請求するのに対し、民法第七〇八条本文の規定を類推適用して法的保護を拒否することが必らずしも適当でないことがあるであろう。さらにまた、夫と妻とが事実上の離婚状態になつていなくても、夫が妻以外の女性に対して欺罔手段を用いて情交関係を結び、女性の貞操等を侵害した場合において、(右情交関係が公序良俗に反することは否定することができないが)右関係を結ぶについての双方の動機ないし目的、欺罔手段の態容、男性に妻があることに対する女性の認識の有無等諸般の事情を斟酌して双方の不法性を衡量してみて、公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は男性に帰せしめられるべきであると認められるときは、民法第七〇八条但書により同条本文の適用は排除され、女性の精神的損害の賠償請求は許容されるべきものと解するのが相当である。

(二)  これを本件についてみるに、昭和三五年五月当時、被控訴人と妻bとの間がうまくいかず、被控訴人がbと同居はしているものの寝室を共にしないという状態であつたことは先に説明したとおりである。しかし、このことだけを根拠にして、被控訴人とbとが事実上の離婚状態にあつたということができないことはいうまでもなく、このほか、控訴人と被控訴人とが情交関係を継続していた間に被控訴人とbとが事実上の離婚状態にあつたことを肯認するに足りる証拠はない。また、<証拠>をあわせ考えると、bは、昭和三八年七月二六日、被控訴人を相手どり、浦和地方裁判所に対し離婚請求の訴を提起し(同裁判所昭和三八年(タ)第一三号事件)、昭和三八年八月一六日、bと被控訴人とを離婚する旨の判決の言渡があり、右判決はその頃確定した事実を認めることができるが(右認定を妨げる証拠はない。)、右事実は、被控訴人とbとが事実上離婚状態にあつたとは認められないという前記判断を左右するに足りないとすべきである。そうすると、被控訴人とbとが事実上の離婚状態にあつたことを前提として、控訴人の慰藉料請求に対しては民法第七〇八条の類推適用はないとする控訴人の主張は採用することができない。

(三) しかし、(イ)被控訴人は、性的享楽の目的を遂げるために、控訴人が若年で思慮不十分であるのにつけこみ、真実は控訴人と結婚する意思がないのに、その意思があるように装い、妻と離婚して控訴人と結婚すると述べて、控訴人を欺罔し、控訴人をして、被控訴人が自分と結婚してくれるものと誤信させて、情交関係を結ばせ、爾後、同じ欺罔手段を用いて、一年有余にわたつて情交関係を継続させたものであり、一方、控訴人は、被控訴人のことばをそのまま信じ切つて、情交関係を結んだのである(前記一(一)参照)。(ロ)控訴人は、被控訴人に妻があることを知つてはいたが(その故にこそ、控訴人は、被控訴人との関係について、「道徳的に考えたらまちがつている」と苛責の念にかかれたこともあつたことは、前記<証拠>によりこれを窺うことができる)、被控訴人から妻bとの不和の状態を知らされたこともあつて、妻と離婚するということばを真に受けていて、被控訴人と結婚することができるという期待をもつて、被控訴人に身を委せたのである(前記一(一)参照)。(ハ)また、<証拠>をあわせ考えると、被控訴人は、bと離婚する前である昭和三四年一一月から、湯沢と称する日本人女性と情交関係を結び、日ならずして、昭和三五年から昭和三六年にかけて、控訴人と情交関係を結んだほか、その後、Cとも情交関係をもつたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない(被控訴人とbを離婚する旨の前記判決は、被控訴人が湯沢某および控訴人と情交関係を結んだことを被控訴人の不貞行為であるとし、これを離婚原因に当るものと判断している。そして、被控訴人とCとの関係は、bがこれを指摘したにかかわらず、前記判決においては、肯認されなかつたが、現在、被控訴人はCとの関係を自認している。)。以上(イ)ないし(ハ)に掲記した諸般の事情をあわせ考えると、控訴人が被控訴人に妻のあることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだ行為が公序良俗に反することは否定できないが、不法性は明らかに被控訴人の方が大きく、このような公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は被控訴人に帰せしめられるべきものとすべきである。してみると、本件においては、民法第七〇八条但書の規定により同条本文の規定の適用は排除され、控訴人の慰藉料請求は是認されるとするのが相当である。

三慰藉料額について。

よつて、慰藉料額について判断する。<証拠>をあわせ考えると、控訴人がはじめて被控訴人と情交関係を結んだのは一九才余の時期であり、それまでに異性に接した体験のない控訴人は、前記のとおり被控訴人から欺かれて情交関係を結び、果ては、結婚への期待を裏切られ、被控訴人の子である順の養育を一身に荷わなければならなくなつたもので、その精神的苦痛は多大なものがあることを認めることができる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)。ただ、控訴人が被控訴人に結婚の意思があるものと誤信させられたとはいえ、結婚前の情交はこれを慎むのが良識ある女性のあり方であることをおもうと、控訴人がより慎重に身を処したならば、前記のような結果を回避し、精神的苦痛を幾分軽くすることができたのではないかと考えられるのである。そして、以上の事情に、(イ)本件不法行為の態容、(ロ)控訴人の財産状態(<証拠>によると、控訴人は、一時、バーのホステスとして働いていたこともあつたが、その後、美容学校の学生に転じ、定収入がないことが窺われる。)、(ハ)被控訴人の財産状態(<証拠>をあわせ考えると、被控訴人は昭和三九年九月三日当時において月収手取り額二三四ドルの収入があつたことを認めることができ、その後右収入額が減つたことを認めるに足りる証拠はない。)(ニ)順に対しては、同人が成人する頃までの間、被控訴人から月額一万円の養育料が支払われることとなつていること(後記四参照)等の諸事情をあわせ考えると、被控訴人が控訴人に支払うべき慰藉料の額は六〇万円をもつて相当とすべきである。

四慰藉料請求権の放棄の有無について。<省略>

五むすび

以上説明したとおりであつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し六〇万円およびこれに対する昭和三八年七月二三日(この日が本件訴状送達の日の翌日であることは記録上明らかである。)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の請求は棄却すべきである。よつて、これと異なる範囲において原判決を主文第一項ないし第三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。(新村義広 中田秀慧 蕪山厳)

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